さとコラム

古民家の歴史~芝寿しのさとが出来るまで~

古民家の歴史~芝寿しのさとが出来るまで~

2019年11月。

芝寿し本店の「芝寿しのさと」がオープンしてからおかげ様でようやく1年が経ちました。

 

海側環状線道路側に位置しており、車で横を通りすぎるときには「芝寿しの敷地付近に家が建った」と感じられた方もいらっしゃるのではないでしょうか?(実際に友人からも言われたことがあります(^^;))

 

なぜ古民家を移築再生したのか。

そう思われる方も少なからずいらっしゃるかと思います。

 

「芝寿しのさと」は日本の文化や伝統を表現し、ごはん文化(お米文化)の魅力を広く、多くの人に知ってほしいという願いがあります。

 

そのため、稲作の象徴として農家(古民家)を移築再生し、母屋を囲む庭園は白山連邦の神々と、自然に囲まれた稲作の風景をイメージした回遊式庭園にすることによって、ごはん文化(お米文化)を比喩的に表現されています。

 

今回のコラムは、古民家の歴史~芝寿しのさとが出来るまで~と称し、譲っていただいた方のご紹介をさせていただきます。

 

こちらの古民家は元々、白山市田地町に所存し、実際に住宅として住まわれていた建物です。

(移築前の建物の姿です。)

ご縁があり、現在のいなほ工業団地内(芝寿し本社敷地内)の場所へ移築し、2018年(平成30年)に店舗として再生したのが芝寿しの本店「芝寿しのさと」です。

 

【 本店のちょっとしたお話 】

旧本店は、知る人ぞ知る『芝寿し片町』です。

 

芝寿し創業と同時に歩んできた片町店ですが、地区の再開発のため、

2014年(平成26年)3月16日をもって、57年間の歴史の幕を閉じた本店です。

こちらの本店でも、昔は2階で飲食を提供していたことがあるんです(^^)

現在は、片町きららが建っている場所になります。

 

さて、持ち家の宮本さんがお店にご来店くださった際、おばあちゃんに住んでいらしていた頃の思い出話などをお聞きしました。

 

 

 

お家の思い出話をお聞かせください!

 

(宮本さん)

 

私が嫁いできた昭和24年の春・・・もう60年余り。2人の息子を育て、その息子たちがお嫁さんをもらい、孫ができ、その孫が成長するまでこの家はずっと私の人生と一緒に過ごしてきました。

 

こちらに来た当時を思い出すと、白山市周辺では人一倍大きいお家やったと記憶しています。

 

建物自体は元々、利き酒師として有名だった主人の父が、鶴来の山のほうにあった家を移築したものですが、聞いた話によると昭和2年に建築が始まり、完成までに5年もの歳月を要したらしいです。

 

だから、一番最初に建てられた年数はハッキリとは分からんのやけども、今現在で160年近くは経過しているはずです。

 

とにかくお義父さんも主人も、このお家をとても大切にしていました。

 

主人は生前、壁も塗り替えから建具の補修から、自分でやれることは何でもやっていましたから、この家が本当に好きやったんやないかなぁ、と思います。

 

私自身、自分の人生のほとんどをこのお家で過ごしたので、色んな場所に思い出がたくさんあります。

 

一番の思い出は・・・

掃除が大変やったことかねぇ(笑)

 

一部屋が20畳近くあるので、一日中掃除しても間に合いません。特に年末の大掃除は、家族総出での一大仕事。

 

・・・それも今は楽しい思い出やねぇ。

 

 

「芝寿しのさと」としてお店を譲り受け、引き継がせていただくことになりました。

お店をご覧いただき、どのように感じていらっしゃいますか?

 

(ご長男さんと)

 

とにもかくにも、『良いものにしてもらって』という気持ちでいっぱいです。

 

今こうしてお話しているこのお部屋(現在は小上がりの和室)「上人の間」といって、上人さん(ご住職)専用のお部屋でした。

日常生活でほとんど使うことなく、法事や仏事などの上人さんがおいでる時のみ、使われるんです。

 

専用のお風呂やお手洗いもありました。

それを今、間取りを上手に変えながらこうしてお店として大切に使われています。当時を思い出して嬉しくなりました。

 

先ほど、お店のほう(中央の吹き抜け部分)も見さしてもらいましたが、天井の梁がそのまま活かされて・・・

以前はここに天井があって、もっと狭く感じていましたけど、こうやって梁を見上げると、改めて立派な家やったんやなぁと思いました。こんな風に蘇るなんて、夢見とるようです。

(梁を見上げる宮本さんご家族と弊社相談役)

 

あと、嬉しかったのは玄関の横にある「大戸(おおと)」が残されていたことです。

私らは、玄関を使わずにここから出入りさせてもらったんですが、嬉しかったですねぇ。

(正面玄関横に残る大戸)

 

どこも当時の思い出のままなので、それが新しくなって光輝いている。

自分の思い出も耀いているようで元気が出ました。

 

そういえば、家の広間で孫たちが小さいころ、野球をしておったんですよ!

何度かガラスを割られました(笑)

慌てた主人が、ふすまを客人用と普段用の二通り用意したのを思い出します。

 

 

たくさんの思い出をお聞かせいただくと、思いを受け継ぎ、私たちも大切に使わせていただかなければ・・・!と改めて感じました。

建物を引き継がせていただく私たちへ、何かアドバイスはありますでしょうか?

 

先ほどから感じているのは、

『あぁ、この家は生きとるわいね』という思いです。

 

目に見えるところは、全部丁寧に修繕されていて、当時の傷もそのまま。でも死んでいない、生きとるんやと思いました。

この家を大切にしていたお義父さんや主人が、今この家を見たら喜んでいると思います。

(正面玄関に残る、柱の傷をなでる宮本さん)

 

やっぱり、本物を大切に使うということは、世代を超えて生き残るんやなと思います。

 

どうか、このまま大切に使ってあげてください。

 

私からのアドバイス・・・

たまに窓を開けて空気を入れ替えて、呼吸させてあげてください。

それしかないわいね(笑)

 

芝寿しさんのおかげで、こうやって生活していたお家が新しい役割を得て蘇るというのは嬉しいもんですね。

(宮本さんご一家)

 

 

 

当初は明治期に建てられ、茅葺だったと推測されますが、宮本家として移築再生したときには、大きな切妻屋根の「あずまだち」にして、座敷廻りも立派に作り変えています。

 

改めてお話をお伺いすると、お家の思いは、ご家族への思いや愛情とイコールなのかもしれないと感じました。

お話されている間の宮本さんの表情は笑顔が絶えなかったことが印象深く、きっと、長い人生の中で色んな苦楽があったかもしれません。

年月が流れ、こうして思い出をお話される様子を見ていると、「素敵な人生を歩まれたんだなぁ・・・」とこちらまで感深い思いにさせられました。

 

 

お住まいや使用するモノなど、その持ち主に影響されるされることがあると聞いたことがあります。

ご家族が仲良く、いつも謙虚で感謝の言葉を口にされる明るい『気』の持ち主の宮本さんから建物を譲り受けたことのご縁に深く感謝し、スタッフ一同、お店への愛情を持ち続け、お客様と一緒にお店を育てていきたいな、と改めて思いました。

 

これからも芝寿しのさとをよろしくお願いいたします。